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ひぐらしのなく頃に礼 賽殺し編

ひぐらしファンディスクである「礼」の感想前編です。

「賽殺し編」は祭囃し編の後日談、「昼壊し編」はデイブレイク…というのがとりあえずプレイ前に入手していた全情報なので、どちらも楽しそうな感じの話をイメージしてたんですが、「賽殺し編」、重かったです。かなり。
そんな「賽殺し編」の感想です。「昼壊し編」はまた別の記事で。


※ひぐらし第1話~第8話および「礼」プレイ済みを前提とした記事になってます。未プレイの方はネタバレにご注意ください。
シナリオスキップモードの背景が「解」のままになってるし。
細かい所までちゃんと手を抜かず作りましょうよw


さて「賽殺し編」です。
後日談と言いながら実際は後日談といった感じではなく、梨花と羽入にスポットを当てた「選択」の話。

まさかこんなに重いとは思わず。
しかし今の俺もかなり重要な、今後に大きく関わる選択を強いられている状態だったので凄く心に染みました。不覚。
心に染みたと言っても感動する話じゃなくて鬱になる話ですが。

まあ、いくらファンディスクとはいえもう少しボリュームが欲しかったかな、というのが本音ではありますが。2編合わせて3時間で終わっちゃいました。


◇罪無き世界

まさにイノセントワールドですね。
登場人物の誰にも罪が無く、何も惨劇の起こっていないこちらの世界。梨花の母親も生きており、両親の温かみを感じる事ができる世界。
元の世界とこの世界のどちらを選ぶか、という葛藤が今回の「賽殺し編」のテーマです。

まあ実際の所、「誰にも罪が無い」と言いつつ梨花にだけはこれまでの罪があるわけで、周りの人のことを考えた時こちらの世界が魅力的である…という話ですよね。
カケラが物であれば梨花もそこまで悩みはせず元の世界を選んだでしょう。ただ一つ、最も恐れていた「カケラが母親に宿っている」という事実が判明してしまったからこそ、梨花は悩むんです。


◇『ベルンカステル』

後付けなのか、それとも最初からこういう由来があったのかは分かりませんが、Frederika Bernkastelの名前の由来が明らかに。
Frederikaの方ははっきりとは明かされていませんが、今回梨花は名前にこだわっていたので、元の世界に戻り「古手梨花」として生きる事にした梨花との差別化といった所でしょうか。
最後に言っていた羽入にできた新しい友達ってFrederikaなんだろうか。未だその辺り曖昧です。


◇選択

羽入に相談しようとした梨花と、過去の事を語る羽入。
「選択」についての場面で出てきたテキストが凄く印象的でした。

戦うとは、眼前の障害を打ち倒し乗り越えることではない。
そんなのは結局、単なる一本道の途中の余談でしかないのだ。

本当に戦うというのは、自ら選ぶということ。
人生のあらゆる選択で、あらゆる岐路で。人は迷う。
どちらかが明るく照らし出され、そちらへ進むことが決定付けられた選択は戦いではない。
何度その選択を迫られても、同じ方を選ぶに決まっているのだから必然だ。

ここには凄く感銘を受けました。その通りだなあと。
赤い箱と青い箱の話がまさかここでも出てくるとは。あれって結構重要な問いかけだったんだろうか。


◇夢

結局「もう1つの方を選んでいたらこうなってただろうなあ」と考える事には意味が無いという事ですよね。ifの世界は夢と同じなのだから。
でもそこまでキッパリと諦められる人ってそうはいない訳で、選択を間違ったんじゃないかと考え後悔することによって学ぶものだってあると思うんですよね。
流石に大金持ち云々~なんて事までは考えませんが、作中世界の皆さんは前向きすぎます><

と言いつつも、「賽殺し編」は本編を締めくくる話として必要な話だった気がします。世界を上の立場から見ていた梨花が、初めて世界を同じ立場から見るようになる話として。
「面白い」とは少し違うけど、満足できる話でした。


◇『賽殺し編』

賽(サイコロ)によって選べないほど重大な選択だから、その賽を殺して(使わずに)自分で選ぶ、という事と「サイコロ」という文字とをかけてるんでしょうね。
「賽殺し編」は、このゲームが基本的に「選択肢」を取り入れていないからこそ成立するんですよね。あった選択肢は2つの箱の話と、もう一つ、人形の話があったくらいだったはず。

最初からこの話を視野に入れていた訳ではないと思いますが、ひぐらしは「選択肢がないサウンドノベル」というのを一つの売りにしていたゲームです。
一般の、いくつかの選択肢の中から一つを選んでゲームを進行させていくタイプのノベルゲームでは、重要そうな選択肢に差し掛かったらセーブして、両方のルートを見るのが定番です。
もしひぐらしが選択肢を本編に積極的に導入しているゲームだったら、「今までこのゲームで選択肢を適当に選んできたじゃないか」となってしまう訳で、それが無いからこそこの話に重みが出てくる。

結局何が言いたいかというと、サウンドノベルで選択肢を導入しないというのは、話にだけ集中できるという事の他にも利点があるのかな、という事です。
そういう事もあって「祭」は心配というか、あれ、これだけ選択の大事さを訴えておいて選択肢かよ!みたいな。ある意味「祭」が発売延期して良かったかも知れない…。


「昼壊し編」の感想と「礼」総括は次の機会に。
きっとこれほど長くはならないはず…多分。

| PCゲーム | 18:48 | comments:0 | trackbacks:0 | EDIT

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